東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10576号 判決 1990年7月18日
本訴原告千葉順三承継人兼反訴被告 千葉甲佐子
右訴訟代理人弁護士 萩谷雅和
同 矢田誠
本訴被告兼反訴原告 太田ひてを
本訴被告 太田正弘
右両名訴訟代理人弁護士 長戸呂政行
主文
一 本訴被告らは、本訴原告に対し、連帯して、金六七九〇万円及びこれに対する昭和六二年六月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告のその余の請求及び反訴原告の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を本訴原告の、その余を本訴被告らの負担とする。
四 この判決は、本訴原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 本訴事件の請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、連帯して、金一億七五七四万九五〇〇円及びこれに対する昭和六二年六月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 1項について仮執行宣言
二 本訴事件の請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 反訴事件の請求の趣旨
1 反訴被告の先代亡千葉順三が訴外千葉製綿株式会社との間で、別紙物件目録二記載の建物に設定した抵当権(原因昭和六一年四月三〇日保証契約による求償債権同日設定、債権額二億円、利息年五分、損害金年五分)の設定契約を取り消す。
2 訴訟費用は、反訴被告の負担とする。
四 反訴事件の請求の趣旨に対する答弁
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、反訴原告の負担とする。
第二事案の概要
本訴原告の先代亡千葉順三は別紙物件目録二記載の建物の抵当権者であったところ、本訴被告らが詐取した右建物収去の判決の強制執行により抵当権者としての権利行使をすることができなくなったので、本訴原告は、本訴被告らに対し、それにより本訴原告が被った損害の賠償を求め、これに対し、本訴被告らは、収去判決の詐取を争うほか、亡千葉順三が抵当権者として保護される地位にないと主張する。
第三事実経過
一 当事者
1 亡千葉順三は有限会社千葉製綿所の代表取締役であったが、昭和六三年一月一六日死亡し、本訴原告千葉順三承継人兼反訴被告千葉甲佐子(以下、単に「原告」という。)が同人の債権債務を承継した。
2 千葉製綿株式会社(以下「千葉製綿」という。)の代表取締役千葉明は亡順三の従兄弟であった。
3 本訴被告太田正弘は、本訴被告兼反訴原告太田ひてを(以下、単に「被告ひてを」という。)の子である。
以上の各事実は、当事者間に争いがない。
二 借地権関係
1 千葉製綿は、被告ひてをの所有に係る別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を同人から、建物所有目的で賃借し、同地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。なお、昭和五四年一月一日以降の右賃貸借契約の約定は、次のとおりであった。
(一) 期間 昭和五四年一月一日から二〇年間
(二) 賃料 一ケ月金八万円(ただし、昭和六一年一月以降一ケ月金九万九〇〇〇円)
(三) 契約更新料として一五一八万七五〇〇円を支払うこととし、更新契約時に三〇〇万円、残金は昭和五六年一一月末日から昭和六一年一〇月末日までの六〇ケ月一ケ月一五万円(但し、最終回は三一八万七五〇〇円)宛支払う。
2 被告ひてをは、昭和六一年八月一二日千葉製綿到達の書面により、同社に対し、昭和六一年七月分及び八月分の賃料合計一九万八〇〇〇円並びに契約更新料分割金のうち昭和六〇年八月末日から昭和六一年七月末日までの未払分割金合計一八〇万円を、右書面到達後五日以内に支払うよう催告し、同期間内に支払がないときには契約を解除する旨通告した。
3 被告ひてをは、昭和六二年一月二二日、本件土地の賃貸借契約が解除されたとして、千葉製綿に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに、賃料及び更新料未払金合計六一三万〇五〇〇円の支払及び明渡済みに至るまでの賃料相当損害金の支払を求める訴えを提起し、その請求認容判決は同年三月一〇日言い渡され、同判決は確定した。
4 被告ひてをは、昭和六二年六月二四日、右確定判決に基づき本件建物を収去した。
5 なお、前記昭和六一年七月及び八月分の賃料合計一九万八〇〇〇円並びに昭和六〇年八月末日から昭和六一年七月末日までの更新料分割金一八〇万円は、昭和六一年八月一七日までに支払われていた。
以上の各事実は、当事者間に争いがない。
三 抵当権設定関係
1 亡順三は、昭和六一年四月三〇日、千葉製綿が訴外ファーストクレジット株式会社(以下「ファーストクレジット」という。)から一億五〇〇〇万円(利息年八・八八パーセント、損害金年一九・二パーセント)を借り受けるに際し、連帯保証をし、千葉製綿の債務を担保するため、別紙物件目録三記載の各不動産について抵当権を設定した。
右事実は、《証拠省略》により認められる。
2 亡順三は、右連帯保証をするに際し、右同日頃、千葉製綿との間で、求償債権確保のため、同社所有に係る別紙物件目録二記載の各不動産に被担保債権額二億円とする共同抵当権を設定した。
右事実は、《証拠省略》により認められる。
3 千葉製綿は昭和六一年八月五日手形不渡りを出し、次いで同月一一日二度目の不渡りを出して、倒産し、ファーストクレジットに対する元利金の支払を昭和六一年九月以降遅滞し、このため、亡順三は、ファーストクレジットから保証債務の履行を求められるとともに、亡順三所有の土地建物に対し、昭和六二年三月一二日競売開始決定を受けた。
右事実中、千葉製綿がその主張の日に不渡処分を受けたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は《証拠省略》により認められる。
4 そこで、亡順三は、昭和六二年七月六日、ファーストクレジットに対し、残元本、遅延損害金等として一億六八〇〇万円の保証債務を弁済した。
右事実は、《証拠省略》により認められる。
5 亡順三は、右2の抵当権について、昭和六一年八月九日抵当権設定仮登記を経由し、次いで昭和六二年六月二〇日抵当権設定の本登記を了した。
右仮登記は、昭和六一年四月八日金銭消費貸借同日設定を原因とするものであったところ、昭和六二年六月二〇日になって、これを、昭和六一年四月三〇日保証契約による求償債権同日設定と更正登記手続がされ、右六月二〇日仮登記の本登記がされた。
右事実は、当事者間に争いがない。
6 別紙物件目録二の各不動産(但し、(一)については同目録二の1、2に限る。)には、右抵当権に優先する次のような各根抵当権(いずれも債務者は千葉製綿)が設定され、登記(但し、(ハ)は仮登記)を経ていた。
(一) 登記受付日 昭和四七年八月一五日
原因 同年同月一四日設定
極度額 金六五〇万円
根抵当権者 国民金融公庫
(二) 登記受付日 昭和五一年二月二五日
原因 同年同月二〇日設定
極度額 金七五〇万円
根抵当権者 株式会社三菱銀行
(三) 登記受付日 昭和五四年九月四日
原因 同年八月二八日設定
極度額 金六〇〇万円
根抵当権者 株式会社三菱銀行
(四) 登記受付日 昭和五七年三月一九日
原因 同年同月四日設定
極度額 金一〇〇〇万円
根抵当権者 江東信用組合(譲渡前、江戸川信用金庫)
(五) 登記受付日 昭和五七年一〇月八日
原因 同年同月二日設定
極度額 金三〇〇〇万円
根抵当権者 株式会社三菱銀行
(六) 登記受付日 昭和六〇年一〇月一日
原因 同年九月二五日設定
極度額 金三〇〇〇万円
根抵当権者 株式会社三菱銀行
(七) 登記受付日 昭和六〇年一〇月二二日
原因 同年同月二一日設定
極度額 金六〇〇万円
根抵当権者 東京信用保証協会(譲渡前、江戸川信用金庫)
(八) 登記受付日 昭和六〇年一一月八日
原因 同年同月同日設定
極度額 金八〇〇〇万円
根抵当権者 日本資研株式会社
右事実は、当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》によれば、右のほか、本件建物には、登記受付日昭和六一年八月一一日、原因同年七月一日設定、極度額六〇〇〇万円、債務者千葉製綿、債権者株式会社ライムとする根抵当権設定仮登記がされていたが、同仮登記は、同年一〇月一五日解除を原因として抹消されたことが認められる。
7 本件建物については、昭和六一年八月二二日兼松寝装株式会社による仮差押え、同年一二月一五日ちよだリース株式会社による仮差押えがされ、次いで同年一二月一五日債権者株式会社商工ファンドの申立てにより強制競売開始決定がされ(同社の請求債権額は、元金三〇〇万円、損害金一五万一六四三円。なお、同社の債務名義は昭和六一年九月二日作成された公正証書であった。)、同月一七日差押えの登記がされていたところ、昭和六二年九月一九日本件建物が収去されたことを理由として強制競売開始決定が取り消された。
右強制競売手続における配当要求の終期は昭和六二年三月三〇日と定められていたが、亡順三及びちよだリースは債権届出の催告を受けながらこれをしておらず、日本資研に対する債権届出の催告書は送達することができず、結局、債権届出をした各債権者の届出額は、次のとおりである。
(一) 国民金融公庫 四八二万六五一一円
(二) 三菱銀行 二六一九万九二一一円
(三) 江東信用組合 二七九〇万四九二四円(但し、年一四・六パーセントの割合による損害金の額未定)
(四) 東京信用保証協会 四二八万一〇二六円
(五) 兼松寝装株式会社 一六三万七一六八円
なお、右強制競売手続における評価に際しては、既に建物収去命令が発せられていたため、敷地利用権価額を見込むことができないとして、本件建物のみの評価として、合計四五一万円と評価された。
以上の各事実は、《証拠省略》により認められる。
第四争点
一 原告側の主張
1 前記第二、一3の確定判決は、被告ひてを、被告太田正弘(以下「被告正弘」という。)及び千葉明の共謀により詐取されたものである。すなわち、
(一) 被告ひてをは、千葉製綿が本件土地に有する借地権を消滅させようと企て、被告正弘と共謀し、同人をして、千葉明に対し、昭和六二年一月初旬頃、「土地賃貸借契約を解除した旨の訴訟を提起するから協力せよ。協力すれば、立退料を支払う用意がある。」と申し向けさせ、千葉明をして、相当額の立退料の支払を受けられるかの如く思料させたうえでこれに承諾させた。
(二) 千葉製綿は、本件土地の賃料を昭和六一年一月分まで支払い続けていたし、契約更新料(第二、一1(三))も昭和六一年九月分まで全額支払済みであったから、前記(第二、一2)解除の原因たるべき履行遅滞は存在しなかった。
(三) 被告正弘は、訴状の送達を受けた千葉明に対し、「訴訟には出頭するな」と申し向け、訴訟は被告欠席のまま進行し、確定した。
(四) 本件明渡判決手続は、甲野弁護士に秘匿して遂行されたものである。
(五) 被告ひてをは、千葉明に五〇〇〇万円を支払わなければならないような合理的な理由はない。それにもかかわらず、右金額が支払われたのは、被告らが本件借地権についての抵当権者を害するために千葉明の協力を得て、本件明渡判決を詐取したものである。このことは、本件明渡判決の確定後に右金額が支払われたことからも明らかである。
2 本件土地の借地権価格は三億円を下らないものであるところ、亡順三に優先する根抵当権の被担保債権額は一億二五二〇万円であったから、亡順三は求償債権全額の弁済を受け得たものであった。
3 亡順三は、被告両名に対し、判決詐取及びこれに基づく強制執行という不法行為により、亡順三が千葉製綿に対して有していた抵当権を滅失させられたことにより、次のような損害を被ったので、右金員の合計額と、それに対する損害発生日である昭和六二年六月二四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(一) 右抵当権から原告が弁済を受け得た被担保債権額 一億六八〇〇万円
(二) 右抵当権設定登記手続費用 九五万四五〇〇円
(三) 弁護士に依頼するに際し支払を約した着手金及び報酬の五割相当額 六七九万五〇〇〇円
4 被告ひてをは、亡順三の抵当権設定契約が詐害行為に当たると主張するが、同被告の主張する被保全債権が弁済済みであることは右に述べたとおりであり、同被告の主張は理由がないが、仮に弁済が認められないとしても、以下の理由により詐害行為の取消しの主張は認められない。
(一) 物的担保を有する債権は、その担保によりカバーされる限度までは詐害行為取消権によって保全されるべき債権でないと解されるところ、被告ひてをは土地賃貸人として千葉製綿が本件建物に備え付けた動産に対して先取特権を有しており、そして右動産類は一八〇万円以上の価値を有していたので、同被告には詐害行為取消しを求める資格がない。
被告ひてをは、自ら地上建物を不法に毀滅させ、その保護を自ら放棄したものである。
(二) 被告ひてをの主張する被保全債権額は一八〇万円にすぎないものであるところ、原告の主張する本件抵当権の被担保債権額は一億六八〇〇万円にもなるのであるから、全体の取消しを求めることはできず、せいぜい一八〇万円の価額償還の方法によるべきであり、本訴請求は理由がない。
(三) 不法行為者たる被告ひてをが自らの不法行為に対し損害賠償請求をされるや、原告の請求を否定するため、詐害行為取消権の主張をすることは、クリーンハンズの原則に反し、権利濫用の謗りを免れない。
5 仮に、詐害行為取消しが認められるとしても、、被告らの不法行為の責任まで覆すものではない。
二 被告側の主張
1 本件明渡判決は、千葉明から提案されたもので、同人が欺罔に陥ったことはあり得ない。すなわち、
(一) 千葉明は、当時事件の処理を委任していた甲野弁護士と相談の上、立退料を要求し、最終的には、被告ひてをが千葉明に八〇〇〇万円を支払うことで合意が成立した。
右合意に基づき、被告ひてをは、千葉明に対し、昭和六二年六月一九日に一〇〇〇万円を、同年同月二四日に四〇〇〇万円を支払い、更に三菱銀行に対する肩代わりとして三〇〇〇万円を三菱銀行に支払った。
倒産当時の千葉製綿の資産状況を債権者集会のお知らせから判断すると、銀行関係債務が約六〇〇〇万円、日本資研の債務が約七〇〇〇万円あるところ、借地権価格は一億三五〇〇万円となっており、次に述べるように競落時に借地人名義書換料が差し引かれることを考慮すると、競売手続によれば、銀行関係者と日本資研以外の債権者は一銭の配当も受けられないことが確実に推測された。したがって、被告正弘が千葉明に五〇〇〇万円を支払う約束をした当時、亡順三に対して損害を与えることなど全く考えていなかった。
なお、五〇〇〇万円の交渉から現金授受時に至るまで、すべて甲野弁護士が立ち会っており、同弁護士は、右金額の多寡、本件明渡判決の効果、特に亡順三に及ぼす効果について熟知していた。
(二) 当時の借地権価格は一億六二〇〇万円と推定されるところ、借地権を競落した者も借地名義変更料や、ビル新築のための許可料について、それぞれ借地権価格の一〇パーセントを地主に支払わなければならないので、競落価格は一億二九六〇万円前後と推定された。
そこで、被告正弘は、千葉明の申出の八〇〇〇万円程度であれば負担して良いと判断して、その金額の支払を承諾した。
(三) 訴訟手続に千葉明が欠席したのは同人の自由意思に基づくものであって、被告側からの強要はなかった。
(四) もともと、本件建物が競売となれば千葉明には一銭も入る見込はなかったのであり、そこで、同人は立退料を要求し、五〇〇〇万円の利益を得ており、被告側が千葉明に対し信義にもとる行為をしたものではない。
2 亡順三の抵当権設定仮登記が千葉製綿の不渡り後に登記されたものであるため、被告正弘は、千葉明に確認したところ、同人は、二億円の抵当権は架空のもので、他の債権者からの追求を逃れるために設定したもので、亡順三に対して多少の借金もあるが、被告から受領する五〇〇〇万円で責任をもって処理する旨述べた。被告正弘は、この千葉明の話を信用し、同人の申出に応じたものである。
仮に、共同不法行為に当たるとしても、被告側が支出した五〇〇〇万円分については、千葉明が単独で原告に支払うべきであり、被告側の責任はその限度で軽減されるべきである。少なくとも、千葉明と亡順三との親密な関係からして、右五〇〇〇万円分を請求することができるとすることは信義誠実の原則に反するし、権利濫用に当たるものと言わざるを得ない。
3 本件土地賃貸借契約の解除原因は弁済により消滅していたとしても、本件明渡判決の口頭弁論終結時である昭和六二年三月三日までには、昭和六二年二月分及び同年三月分の賃料合計一九万八〇〇〇円並びに昭和六一年一〇月末日に支払うべき更新料三三三万七五〇〇円の遅滞があり、解除原因が存在しており、訴訟提起は実質的に残債務の支払請求行為とみなされるから、右合計三五三万五五〇〇円の弁済をしない限り契約解除も実質的に有効であったので、あり得べからざる内容の判決ということはできない。
なお、地代集金や、貸地管理を被告正弘らが経営している五洋産業株式会社が行っており、同社と被告ひてをとの連絡不十分のため、本件明渡判決の請求原因にミスが生じたものである。
4 原告の本訴損害賠償請求は亡順三が本登記された抵当権者であることを前提とするものであるが、亡順三のこの本登記は無効である。すなわち、
(一) 本件登記の被担保債権が保証人の主たる債務者に対する求償権を担保するためのものであるのであれば、根抵当権設定登記(又は仮登記)の方法によるべきであり、既存の貸金債権として設定した抵当権設定登記(又は仮登記)は無効である。
(二) 更正登記は既存の登記の内容と更正登記後の内容とが同一性が継続される場合にのみ許されるところ、本件では被担保債権について別個のものと言わざるを得ず、かかる更正登記は許されない。
(三) 抵当権設定仮登記の本登記をするにも、差押えの登記後は、差押債権者及び配当要求債権者の承諾がなければできないものと解すべきところ、本件ではこれを得ておらず、この本登記は、少なくともこれら債権者に対抗することはできない。
仮に更正登記が許されるとしても、強制競売開始決定による差押えの登記後には、右のような被担保債権の内容が変更するような更正登記は許されない。
5 千葉製綿は、被告ひてをに対し前記のとおり昭和六〇年八月分から昭和六一年七月までの更新料割賦金の支払義務を負っていたところ、亡順三は、前記のとおり抵当権仮登記、その本登記をしたもので、明らかに被告ひてをの債権を害する。すなわち、
(一) 本件仮登記は、千葉製綿が不渡りを出してから慌てて登記されている。
そして、設定の原因当初は昭和六一年四月八日二億円の金銭消費貸借となっていたのを同年同月三〇日保証契約による二億円の求償債権とし、債権額もファーストクレジットの債務額が一億五〇〇〇万円であるのに二億円とし、利息損害金もファーストクレジットの利息八・八八パーセント、損害金一九・二パーセントであるのに、利息・損害金とも五パーセントとしており、いずれも矛盾があり、自己の債権の独占のために設定したことが明らかである。
(二) 千葉製綿が倒産当時、同社の負債は約三億三〇〇〇万円であり、このうち担保権のついていたものは約一億二五〇〇万円(亡順三のものを除く)であり、亡順三は、無担保の債権者を害することを十分承知しながら、本件仮登記手続を採ったものである。
よって、被告ひてをは、登記簿が閉鎖されているため、抵当権設定仮登記及び本登記の抹消に代え、抵当権設定契約の取消しを求める。
第五争点に対する判断
一 本件抵当権設定登記の効力
1 詐害行為取消しについて
被告ひてをが主張する被保全権利は、昭和六〇年八月分から昭和六一年七月までの更新料割賦金債権であるところ、右債権については昭和六一年八月一七日までに支払われていたことは、前記のとおり当事者間に争いがないので、同被告の詐害行為取消しの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
2 抵当権設定仮登記について
(一) 亡順三がした本件抵当権設定仮登記は、前記したように千葉製綿が第一回目の手形不渡りを出した日の翌日にされているが、本件抵当権設定の合意は、昭和六一年四月三〇日にされていたというのであるから、右四月三〇日当時詐害の意思があったと認めることのできない本件では、この点を問題とすることはできない。
(二) 本件仮登記の登記原因は、登記時には「昭和六一年四月八日金銭消費貸借同日設定」となっていたが、昭和六二年六月二〇日に「昭和六一年四月三〇日保証契約による求償債権同日設定」と更正している。
しかし、更正登記が認められるのは、更正前の登記と、更正後の登記とが同一性があることが要件となると解されるところ、両者は契約の日付と、内容を異にしており、同一性があると認めることは困難である。確かに、両登記の間には、債権額、利息・損害金の定め、債務者及び権利者を同一としており、また、本件において昭和六一年四月八日に二億円の金銭消費貸借があったことを認めるに足りる証拠はないが、昭和六一年四月八日の二億円の金銭消費貸借と、同月三〇日の保証契約による求償債権とは、実体的に同一性を欠いていることは明らかであるからである。更に、本件のように利害関係を有する第三者がいない場合に、附記登記で更正登記がされるのも、その登記内容が同一性があるからであって、それを欠くのに同一の主登記の順位によることは不合理である。
これらを考慮すると、本件仮登記の更正はゆるされないと解すべきである。このように更正登記が許されないとすると、昭和六一年四月八日の金銭消費貸借契約が認められない以上、この仮登記は、架空の債権について登記されたものといわざるを得ず、本件仮登記の更正登記は、いわゆる「登記の流用」に当たると言うべきである。
確かに、亡順三は、昭和六一年四月三〇日、千葉製綿のファーストクレジットに対する一億五〇〇〇万円の債務につき連帯保証をし、昭和六二年七月六日同社に一億六八〇〇万円の支払をしているが、この求償権については、仮登記を経ていたものと認めることはできない。
(三) ところで、本件抵当権の仮登記については、理論的には更正の登記が許されないとしても、千葉製綿が配当異議をしない限り、事実上、亡順三は配当を受けられたものと推認される。
本件建物の強制競売手続の配当手続において、差押債権者又は仮差押債権者から亡順三の配当について異議が出された可能性があるが、差押債権者又は仮差押債権者の主張する債権額は、三一五万円余、一六三万円余であり、配当異議が通ったとしても、債権者間の配当異議は相対的な効力しかなく(民事執行法九二条二項参照)、その金額の範囲内で亡順三の配当額が減額されるに過ぎず、亡順三の配当額の大部分はそのまま維持されるからである。
もちろん、千葉製綿が配当異議を述べ、それが認められた場合には、亡順三が配当手続から排斥されることになるが、前記したような事情の下では、千葉製綿が配当異議を述べることはあり得ない。亡順三が単なる保証人に過ぎないところ、ファーストクレジットの債務の支払に多額の支出をしており、その担保として、少なくとも、本件建物に抵当権を設定し、その登記手続に、仮登記の更正及び仮登記の本登記にも千葉製綿が協力しているからである。
以上のように、事実上、亡順三は、抵当権者として配当手続又は弁済金交付手続においては、抵当権者として扱われた可能性が高いが、それを法的に保護された地位と認めることはできない。
3 仮登記の本登記について
右に述べたように本件仮登記の更正登記が許されないとすると、本件仮登記の本登記は許されず、この本登記は、独立の主登記により新たな抵当権設定登記がされたと同一の効果しか生じないものと解すべきである。
そうすると、この抵当権設定の本登記は、強制競売開始決定による差押えの登記後の抵当権設定登記と同視されるべきであり、この抵当権者は、執行手続上は、配当を受け得る立場にはない(民事執行法五一条、八七条一項四号参照)。
4 してみると、本件強制競売手続における抵当権者として配当を受け得る地位にあったことを前提とする原告の主張は、理由がない。
しかし、本件建物の強制競売の結果、剰余を生ずる場合には、原告において、その剰余金の差押え(抵当権設定を第三者に対抗することはできないとしても、千葉製綿との関係では、抵当権者であることの主張を拒む理由はないから、抵当権の物上代位による余剰金交付請求権の債権差押えが可能であると解される。(民事執行法一九三条一項))又は仮差押えをする余地があるから、原告が本件建物の売却代金について権利を有していたかどうかを判断するためには、本件建物についての強制競売手続が完結した場合に剰余が生じ得たか否かを判断する必要がある。
二 千葉製綿倒産時の資産状態
1 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 倒産直後の昭和六一年八月三〇日、千葉製綿では債権者集会を開いたが、その席上では、債務総額は、三億二九八〇万円余であるところ、資産額は、売掛債権が四九九万円余、銀行定期等預金が三〇二〇万円余、借地権が一億三五〇〇万円、原材料、製品関係が五一七万円余、自動車、ミシン等機械関係が六七五万円と説明された。
(二) この債務のうち、大きな債務は、ファーストクレジットの一億四九五四万円余、三菱銀行の四五八二万円余、江東信用組合の二五八五万円余、日本資研の六九四一万円余、ライムの七五〇万円余等であった。
この際には、ファーストクレジットについては本件建物に抵当権を設定していないのに、抵当権の仮登記を経ていると説明されていた。
なお、この債権者集会の際の説明の際には、本件建物の差押債権者である商工ファンド及び仮差押債権者ちよだリースは、債権者としては掲げられていなかった。
(三) 右債務の中には、公租公課として七五万円余があったが、この債権者は、千葉製綿の売掛金債務を差し押さえ、それにより債権の回収をした(その結果、強制競売手続には、これら債権者は交付要求をしていない。)。
(四) 右債務のうち、日本資研のものは、千葉製綿において紹介した売先が倒産したことにより取引先の西宮寝装が被った損害につき、同社から支払保証を求められ、これに応じて同社に対し支払保証をしたものであり、西宮寝装名義とする代わりに日本資研名義で抵当権設定仮登記をしたものであった。
しかし、千葉製綿は、右支払保証のために、割賦弁済を約し、その支払のため割賦弁済期日毎の約束手形を振り出しており、その手形の一部については決済していた。そして、千葉製綿は、昭和六一年一〇月二〇日、日本資研に対し、同社との間には債務がなく、抵当権設定仮登記も無効なものであることを理由に、抵当権設定仮登記の抹消を求めて、訴えを提起したが、西宮寝装の要請によりこの訴えを取り下げた。
(五) 千葉製綿の工場内にあった製品の一部及び機械の一部は倒産直後に債権者の一人に搬出されていた。
以上の事実が認められる。
2 右認定の事実と、本件建物の強制競売手続における債権届出に鑑みれば、ライムに対する債務はなく、同社の抵当権設定仮登記は無効なものであったと推認され、また、ちよだリースの債務も存在しなかったものと推認される。したがって、千葉製綿の倒産当時の債務として、ファーストクレジット分及び公租公課分を除き、国民金融公庫四八二万円余、三菱銀行二六一九万円余(定期預金との相殺後の金額)、江東信用組合二七九〇万円余(定期預金等との相殺後の金額)、東京信用保証協会(江戸川信用金庫)四二八万円余、富士銀行三〇一万円余(積立預金との相殺後の金額)、兼松寝装一六三万円余、商工ファンド三一五万円余、西宮寝装(日本資研名義)六九四二万円、その他一二八〇万円余であり、その合計額は、一億五三二〇万円を下回ることはなかった。
このうち、抵当権により担保されていた額は一億三五六四万円余、その外本件建物の強制競売手続で配当を受けられる額は商工ファンド及び兼松寝装分四七八万円余(ちよだリース分を除く。この点については、前記したとおりである。)であった。したがって、本件建物の強制競売手続で、配当ないし交付金の支払を受ける額は、一億四〇四二万円余であったと推認される。
3 一方、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地は、都営地下鉄新宿線の船堀駅から一五分以上かかる地点に位置している。
(二) 本件土地は、都市計画法上住宅地域(建蔽率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)であり、付近には小型マンション、一戸建住宅、小工場等が混在する地域にある。
(三) 本件土地は、北側で幅員約六・四メートルの舗装道路に接する間口約二二・七メートル、奥行約三二・七メートルの長方形地である。
(四) 本件土地の近隣の東京都の基準地の価格は、一平方メートル当たり、本件土地の西方に位置する江戸川区松江四丁目六四八番の宅地が五二万四〇〇〇円(昭和六二年七月)、本件土地の西方に位置する江戸川区東小松川三丁目七番一〇の宅地が三四万三〇〇〇円(昭和六二年一月)であり、付近の同じ都市計画法上の規制の住宅地における取引事例も、一平方メートル当たり、東小松川二丁目が四六万四八四〇円(昭和六二年三月)、東小松川一丁目が五四万四四九六円(昭和六二年一一月)であった。
(五) 本件建物は、住居、倉庫、工場等として使用されていたものであるが、いずれも老朽化し、残存耐用年数は殆どなく、せいぜい三年程度であった。
なお、本件建物のうち、別紙物件目録二1の建物は社宅として千葉明がその家族と共に占有使用し、その余の建物は千葉製綿が占有使用していた。
以上の事実が認められる。
4(一) 右事実によれば、昭和六二年三月時点での本件土地の更地価格は、一平方メートル当たり、四九万円と評価するのが相当である。
《証拠省略》では、昭和六二年六月時の本件土地の更地価格を一平方メートル当たり五三万一〇〇〇円と評価しているが、《証拠省略》によれば、本件建物の強制競売における評価が同年三月にされることが予定されていたことが認められるから、同年三月時の評価をすることが妥当である。
(二) そうすると、本件土地の正常な借地権価格は、更地価格の七割に当たる二億五五一二万三四〇〇円と算定される。
《証拠省略》では、本件土地の借地権割合を税金の取扱いを参考として六割と評価しているが、通常の割合である七割を下回るべき合理的な根拠を見いだすことはできない。もちろん、前記したような本件建物の状況に鑑みると、客観的状況としては六割と評価することも考えられないではないが、次に述べるように、買受人が名義書換料と建替承諾料を支払うことを考慮すると、ここでは、七割と評価することが妥当である。
(三) ところで、強制競売における買受価額が一般の正常取引の価額を下回ること、本件のように債務者以外の者である千葉明が本件建物の一部(別紙物件目録二1の建物)を占有使用している場合には、その者に対する引渡命令が発付できないこともあって、その者の占有という事実だけで価額が低くなること及び借地権の買受人が名義書換料の支払をしなければならないことは公知の事実であり、また、前記したような本件建物の状態から買受人は買受け後間もなく本件建物の建替えを余儀なくされることが明らかであるが、この場合には、借地人が建替承諾料の支払を余儀なくされることも公知の事実であるから、本件建物の強制競売における最低売却価格は、本件建物の価格を含めても、右借地権価格の約八割に当たる二億一〇〇〇万円と推認される。
5 これによると、配当手続(なお、右強制競売手続は、日本資研の根抵当権の極度額が八〇〇〇万円として登記されているし、亡順三の抵当権の被担保債権額が二億円として登記されているから、右の最低売却価額からすると、事実上、無剰余として取り消される可能性があったが(民事執行法六三条参照)、前記しているように亡順三の抵当権は差押債権者等に対抗することができないから、ここでは、取り消されなかった場合を前提として考慮することとする。)においては、右二億一〇〇〇万円から執行費用(現況調査費用、評価費用、執行官の売却手数料等)約二〇〇万円、日本資研以外の優先抵当権者の債権六六二〇万円、債権届出をしてきていない日本資研の極度額八〇〇〇万円を控除した六一八〇万円程度が亡順三の受けるべき配当額として配当表に記載されることとなる。
6 しかし、亡順三の差押債権者に対抗することができず、本件建物の強制競売手続においては、法的には、抵当権が保護されないものであるとすると、右二億一〇〇〇万円から、執行費用二〇〇万円、日本資研以外の優先抵当権者の債権六六二〇万円、日本資研の債権六九四二万円、日本ファンドの債権三一五万円、兼松寝装の債権一六三万円を控除した六七六〇万円は、余剰金として、千葉製綿に交付されるものとみなすべきである。
7 そうすると、亡順三は、右余剰金六七六〇万円について、千葉製綿に対する、富士銀行三〇一万円余、その他の債権者の債権一二八〇万円余と、案分しても、少なくとも六一七五万円の差押えないし仮差押えが可能であったと認められる。
三 本件建物の収去判決
1 第二、二の3ないし5によれば、本件建物の収去判決は、賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除に基づくものであるが、解除の原因たる当該賃料の支払があったというのであるから、右解除は原因を欠くもので、無効であったと言うほかない。そうしてみると、本件収去判決は、虚偽の事実に基づき、裁判所を欺罔して取得したものと言わざるを得ない。
被告らは、本件収去判決の口頭弁論終結時には、昭和六二年二月分及び三月分賃料合計一九万八〇〇〇円並びに昭和六一年一〇月末日に支払うべき更新料三三三万七五〇〇円の遅滞があり、そして、訴訟提起が実質的に残債務の支払請求行為とみなされるから、右合計債務の支払がない限り、契約解除は実質的に有効であった旨主張するが、本件収去判決の最終口頭弁論期日までに予備的に解除の意思表示をしたことを認めることのできる証拠はないから、被告らのこの点に関する主張は理由がない。
2 前記第五、二の事実及び《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 千葉製綿が倒産した後、千葉製綿では、本件建物及びその敷地についての借地権が競売されても、債務超過の結果、手元には一銭も残らないことが予測された。そのため、千葉明は、今後の生活の維持のため、手元に何がしかの資金を残す方策がないかどうかを苦慮していた。
(二) そこで、千葉明は、昭和六一年一〇月頃、本件建物の借地権の買取方を被告正弘に提案した。これに対し、被告正弘からは、建物を収去して土地を地主に戻し、その代わり明渡料を貰っている例がある旨の話をした。これを聞いて、千葉明は、倒産後の処理を委任している甲野太郎弁護士と相談し、そのような方向で検討することとした。そこで、立退料として幾らを支払うかについて千葉明と、被告正弘間で話合いが継続された。
(三) 昭和六二年一月初旬頃、本件建物を収去することを条件に、被告側で立退料として五〇〇〇万円を千葉製綿に支払うほか、千葉製綿の債務のうち、被告ひてをが本件建物を担保に入れるにつき承諾していた三菱銀行の債務については被告側で負担すること、それ以外の債務については千葉製綿側で責任をもって処理すること等を条件とすることで双方の了解がついた。
そして、その収去の方策について判決手続によることが双方に了解された。
(四) このような方策を採る場合には、本件建物についての抵当権者が被担保債権の回収ができなくなることは、千葉明も、被告正弘も認識しており、被告側も、三菱銀行以外の債務については、亡順三に対する債務を含め、千葉製綿側で処理することを条件とした。
(五) 千葉製綿は、本件建物の収去後、五〇〇〇万円を受領し、また、被告ひてをは、その頃、三菱銀行に三〇〇〇万円弱の支払をした。
以上の事実が認められる。
3 右事実によれば、千葉明も、被告正弘も、本件収去判決により本件建物についての抵当権者が被担保債権の回収が図れなくなることを知りながら、そのような結論も止むを得ないものとの認識に立ち、本件収去判決を取得し、それに基づく強制執行をしたものと認められる。
四 被告らの責任
以上認定したところによれば、千葉明と、被告正弘は、共謀して、抵当権者の権利を害する意図で、本来あり得べからざる判決を取得し、それに基づく強制執行をしたものと言わざるを得ず、その結果、抵当権者に損害を与えているから、不法行為責任を負わなければならない。前記認定の事実によれば、被告らが千葉明を欺罔して本件建物の収去判決を詐取したと認めることはできないが、被告らが抵当権者らに損害を与えることを認識しながら、不当な判決を取得し、これに基づき強制執行をしたと言うのであるから、被告正弘が不法行為責任を負うことは当然である。
ところで、原告は、被告ひてをに対しても不法行為者に当たるものとして請求をしている。確かに、《証拠省略》によれば、被告ひてをは、当時九一歳であったこと、本件収去判決の取得についての協議に関与していなかったことが認められるが、本件土地の所有者として、本件収去判決の原告となり、また、千葉製綿との念書や、千葉製綿や、三菱銀行に対する支払の名義人となっているから、本件建物の収去に協力したものと言わざるを得ず、共同不法行為者の一人として責任を免れることはできない。
被告らは、本件建物の収去に伴い、千葉明に五〇〇〇万円を支払ったこと及び亡順三が千葉明の従兄弟であることから、被告らに対する請求は、信義則違反、権利濫用と主張しているが、共同不法行為者のうちの一部に被害者の親族関係者があるからと言って、請求権行使が制限される理由はなく、被告らの主張は理由がない。
五 原告の被った損害
亡順三が本件建物に対する仮差押債権者や、差押債権者に対しては抵当権の主張をすることができないことは前記したとおりであるが、千葉製綿や、同社に対する一般債権者との関係では抵当権者としての主張をすることができることは否定することはできないので、本件収去判決に基づいて被った損害の賠償を求めることができることは明らかである。
そして、本件建物の収去により亡順三が被った損害は、前記したように、強制競売ないし競売の結果、同人が法的に受け得べき金額と算定するのが相当であるから、六一七五万円と算定するのが相当である。
また、弁論の全趣旨によれば、亡順三は、本件訴訟の提起に当たり、着手金及び成功報酬として、六七九万五〇〇〇円の支払を約していることが認められるが、右認容の損害額に鑑みると、本件不法行為により被った相当因果関係にある弁護士費用は、六一五万円と算定するのが相当である。
なお、亡順三は、抵当権設定登記手続費用も、本件不法行為に基づいて被った損害であると主張しているが、右登記を経ているからこそ被告らに損害賠償をすることができるのであって、これを被告らに請求するのは相当でない。
六 結論
よって、原告の被告らに対する損害賠償の請求は、金六七九〇万円と、それに対する不法行為時(本件建物の収去の日)である昭和六二年六月二四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、その限度で認容し、それを超える部分の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中康久)
<以下省略>